2008年9月20日創業。お客様に愛されて9年。このHPで決算書・経営分析・簿記の基本を学べます。PDF教材販売中!サンプルも見れます。

コラム集

コラム集

コラム集では、決算書・経営分析あるいは経営全般に関するさまざまな問題を考えていきます。 「はじめての決算書 はじめての簿記ドットコム」独自の視点で、紹介していきますので、気軽に楽しんでください。

                                                              中小企業研修協会 編集部

売上拡大の甘いワナ

サラリーマンにとって、会議は面倒でイヤなものです。とくに営業マンにとっては、あまり成績が伸びていない時の営業会議や販売会議はつらいものでしょう。 

営業会議において、営業マンが、

「今月の売上高は、○○万円で、計画目標を達成しました。
 前月よりも○%の伸びです!」

と元気よく発言すれば、この結果に対して、とやかく口を挟む先輩や同僚は少ないはずです。
目標計画は達成されているし、前月比も伸びているからです。

しかし、管理職なら手放しで喜んでいてはいけません。

「利益は、いくらか?」

と、質問をすべきです。

営業マンが、成績を上げるために利益を押えて、販売した可能性もあるからです。
売上高の伸びだけに目を向けるのではなく、「利益」にも目を向けなければなりません。

売上高の拡大のウラには、ときに利益の減少という「甘いワナ」があることを忘れてはなりません。

先日、ある上場会社が、倒産しました。おもな原因は、市況の悪化に伴う売上の低迷です。しかし、この会社は、倒産前から経営陣の対立がウワサされていた会社でした。オーナーである社長と取締役たちとの経営方針をめぐる衝突です。会社の経営方針を指揮する経営陣の内部対立が、その会社の倒産に結びつく例は、少なくありません。しかも、これらの会社内部の衝突は、いくら経営分析をおこなっても、わかりません。経営陣の人間関係は、数字には表れないからです。

しかし、売上や経費の推移を経営分析していくとこの会社が何らかの問題を抱えていたことが、推測できます。経営分析は、決して万能ではありませんが、会社経営の変化を見出す有力なツールであることは間違いありません。

「配当利回り」とは、株への投資に対して、配当金がいくらもらえるか、を計算したものです。

たとえば、1,000円あたり、10円の配当なら、年1%の配当利回りとなります配当利回りは高いほど投資する価値が高いといえるでしょう。

不況の中、定期預金の利率が、大変低くなっています。1%を切る利率が当たり前のような状態です。このようなことを考えると「配当利回り」の高い、株への投資が有利に思えてきます。ただし、株というものは、投資したお金そのものが、会社の倒産や下落によって、大きく目減りするリスクがあります。つまり、配当金をもらえるどころか、元本そのものを失くしてしまうリスクがあるのです。一方、定期預金は、利率は低いかもしれませんが、元本を失うことがありません。

そういう意味では 現実な投資といえるでしょう。 何事も他人より大きな利益を追求すれば、それなりのリスクが発生することを忘れてはなりません。

「税理士の助言」について

中小企業においては、顧問税理士が社長のよき相談相手であり、重要な役割を果たすようです。

会社の売上が減少してきて、経営が厳しくなると、社長は税理士に相談するケースが多くなります。こういう相談をされると、税理士は、大抵、経費の見直し、削減を提案してきます。とくに人件費の見直しは定石です。しかし、社長が、税理士に相談する姿勢は果たして、妥当でしょうか。税理士が経営する会計事務所の規模が大きく、職員が何十人もいるなら、相談するのも良いでしょう。その税理士は客観的にみて、経営者としても成功しており実績があるからです。しかし、大抵の会計事務所は、家族的な経営、少人数で経営していることがほとんどです。このような会計事務所の経営者に相談しても売上減少に対する答えは出ないでしょう。 人は自分の経験でしか、答えが出ないものなのです。売上減少に対する打開策の答えは、本当は「社長しかわからないのです」その答えがわからなければ、「経営者を辞めるべきです」なぜ、会社の経営をはじめたのか。この原点を常に突きつけられているのが、「経営者」という立場なのです。やりがいもあり、厳しい立場です。だからこそ、経営者は、成功すれば称賛と富が集まるのです。

最近の新聞に「リストラの限界」について書かれた記事が掲載されていました。

売上高低迷に苦しむ会社が、さまざまな諸経費や人件費の削減に着手、さらに最悪の場合、人員削減などのあら治療をしてきたが、それでも成熟した市場において、利益の確保をするのが困難になりつつあるという内容でした。つまり、「リストラの限界」です。この「リストラの限界」に対する解決策は、単純です。

解決策は、「売上拡大」です。

どんなに諸経費を削減しても、そもそもまず売上が確保されていなければ、どいにもなりません。売上があるからこそ、次の課題として経費の見直しなどの議論になるのです。売上を確保するために何をすべきか?「営業社員確保」「広告費の投入」「マーケティング調査」「新商品の開発」などなど。あらゆる経営戦略が考えられます。しかも、これらは、リストラ策として、列挙されてきた事柄そのものです。「人員削減」「広告費の削減」「商品開発費の見直し」・・・。

「リストラの限界」の先は、皮肉にも「リストラそのものの否定」なのかも知れません。

株式会社は、利益を出せば、どのような会社でも「配当金」を出せるわけではありません。(会社法458条)

会社の「純資産額が300万円以上」ない場合は、配当金は出せないのです。

これは、会社法で禁止されています。理由は、「債権者保護」のためです。株式会社が、さまざまな出資者からお金を集め、経営されている仕組みを考えれば。当然と言えば当然の法律です。

金融商品取引所に上場されている、いわゆる「上場企業」は、公認会計士又は監査法人の監査証明を受けなければなりません。監査法人は、上場企業が作成した決算書である貸借対照表や損益計算書が、正しく作成されていることを「監査」するわけです。上場企業は、相当数の得意先や仕入先会社、株主あるいは、金融機関との取引がありますから、当然、社会的責任が重くなります。その重い責任をもつ会社の責務の一つに正しい決算書の作成があるのです。

さて、監査法人等を変更する会社が意外に多いことをご存じでしょうか?

変更した理由はさまざまですが、その一つの「監査報酬の見直し」があげられるそうです。つまり、会社が、より安い監査報酬の監査法人へ変更したというわけです。監査法人によって、監査報酬は異なりますが、新聞報道によりますと中堅監査法人の監査報酬は、大手監査法人の2から3割安いそうです。あらゆる業界で価格破壊が起きていますが、監査法人の世界にも厳しい価格破壊が起きているようです。

東芝問題、不正会計、粉飾決算などなど、監査法人や公認会計士を取り巻く世間の目は厳しさを増すばかりです。

サッカーワールドカップと会社経営

サッカーには、4年に一度の祭典、ワールドカップ(W杯)があります。

日本も急速に実力をつけ、良い結果が得られるようになっているようです。

ところで、サッカーに限らず、どんなスポーツもスター選手が多いチームが必ず勝つ、ということではない、ところが面白いところです。スポーツは団体競技ですから当然、選手それぞれに役割があります。サッカーなら点をとるFW。ゲームを組み立てるMF。ゴールを守るDFとゴールキーパー。

それぞれの選手が自分の役割を果たした時、チームが一丸となったとき、良い結果が得られるはずです。

会社経営もまったく同じことがいえます。売上をあげる営業。経営戦略を練る経営陣。裏方として経営を支える経理総務。それぞれが自分たちの役割を果たすことで、おのずと業績が良くなるはずです。特に中小企業においては、スーパースターとなる社員がいなくてもしっかりとしたチームワークで、経営を成り立たせることは十分可能です。実際、世の多くの中小企業はそうしています。

W杯では、いつもスター選手を抱える華麗なチームよりも弱いと思われる組織力のあるチームを応援してしまいます。

上場企業を対象に1億円以上の報酬を受け取る役員の氏名と金額が開示されるようになりました。

連日、有名企業の役員報酬が報道され、その金額の妥当性が騒がれています。

人間だれしも自分の苦労はわかりますが、他人の苦労を理解することは難しいものです。有名企業の過酷な出世レースを勝ち抜き、「利益」という結果を出し、社員とその家族を含めた何万人もの生活を支える日々のプレッシャーを考えれば、高額な役員報酬も妥当なものと考えることもできます。報酬を受け取る役員にすれば、当然と思うでしょう。一方で、会社は役員の経営判断だけでは、動かないことも事実です。その経営判断を忠実に遂行する優秀な社員がいなくては成り立ちません。そういう意味では、会社はチームプレー。社員の給与に比べ、突出した役員報酬なら、その金額に疑問符がつきます。現場で働く社員たちは、高額な役員報酬に違和感を持つかも知れません。

今回、開示された役員報酬は、上場企業が対象です。すなわち、外部から資金調達をしている以上、経営の中身をクリーンにオープンにすべきだという考え方に基づいています。

役員報酬の開示は、さまざまな意見のあるところですが、世間に開示されることで、報酬をもらう役員自身が、今まで以上にその責任の重さを感じるとすれば、 有意義な方向性といえるのではないでしょうか。

決算書の知識をつかって、経済の動きを知ることができます。その代表的な指標に「減価償却費」と「設備投資」の関係があります。減価償却費とは、おもに工場でつかう設備である機械の「資産価値の低下分」です。どんな機械も使えばつかうほど資産価値は減少します。視点を変えれば、現在の設備投資を維持するために必要な最低限のコストといえるでしょう。設備投資は、会社がおこなう将来への投資ですから、設備投資の金額が、減価償却費を下回るようなことになれば、設備が実質的に減ることになります。反対に設備投資が、減価償却費を上回れば、会社の設備が充実し、会社が成長方向に向かっていると判断できます。決算書の知識で、経済動向を知ることができる一例です。

「政権公約」と「経営計画」

国政選挙を迎えると各政党は、それぞれの政策をとりまとめた「政権公約」を国民に提示します。自分たちの政党が政権を取った場合は、これらの「政権公約」実現させることを約束します、というわけです。約束ですから実現できなければ、投票した国民の大きな非難と失望にさらされることになります「約束は、守るためにするものであり、そもそもできない約束はすべきではありません」

会社の経営にも「政権公約」のようなものがあります。つまり、「経営計画」です。これは、会社の経営陣が掲げる、社員や株主、あるいは銀行や投資家たちとの約束です。自分たちは、今後、売上高を○○千万円・利益を○○百万円にします、と会社に関わるさまざまな関係者に約束するわけです。実現できなければ、株主総会や労働組合の激しい非難にさらされるでしょう。

政党であれ、会社であれ、組織のトップは、常にさまざまな約束事に縛られているものです。トップのとても辛いところです。しかし、達成した場合の喜びは大きく、周囲からのおおきな称賛を浴びます。 責任ある立場というものは、常に周囲の厳しい目にさらされているのです。

税理士が、税務処理を誤って、顧客から損害賠償請求をされることがあります。税理士の知識は、当然ながらそれぞれ異なります。法人税にくわしい税理士もいれば、相続税にくわしい税理士もいます。なかなかすべての税法にくわしい税理士はそう多くはありません。税法は定期的に改正されるので、勉強を怠っている税理士では対応できないのです。専門外の相談に適切なサービスを提供できす、顧客に損害を与える結果になります。

ところで、私たちが病気になったとき、特に大きな病気を告知されたとき、大抵の人は、病院を変えて再度、診察してみます。なぜなら医者の診断が、必ずしも適切ではないケースがあるからです。ある医者は、手術する診断をしても、他の医者は薬で治癒すると診断するかも知れません。いわゆる「セカンドオピニオン」です。昔、医療の専門家である医者の診断に無条件で従順だった患者が、今は、納得できなければ、他の医者の診断と意見を聞こうという動きが常識になっています。

税理士との付き合い方も同じです。税務の専門家である税理士の判断に納得できなければ、他の税務の専門家である税理士の意見を聞いてみる。顧客として当然のことをしなければなりません。結局、このごく常識的な行動が、適正な税務申告に結びつくことになります。

「ペーパー投資家」と「経営判断」

「ペーパー投資家」という言葉があります。株などへ実際の現金は投資せず、机上での株の売買をおこなう人をいいます。空想の世界で、今後、上昇するであろうと判断した株を購入し、あるタイミングで売ります。そして、利益を得る。実際の現金投資を伴わない空想の世界ですから、株を手放すタイミングも大胆ですし、購入する株の銘柄の選択を奇抜なケースが多くなります。空想の世界では、人間は大胆な冒険を好むものです。そういう試行錯誤を繰り返し、ある程度、株の売買に自信がついたら実際に現金を投資し、株の売買を行うとどうなるか。大抵、失敗し、損をします。

なぜでしょうか。

それは、人間には、「欲」があるからです。ペーパー投資家は、所詮、机上の世界ですから、損をしたところで、実際は痛くもかゆくもありません。しかし、現実にお金を投資すれば、失敗することで、何十万円。あるいは、何百万円という損失をこうむるわけです。ペーパー投資家のときには、大胆だった発想や決断力も現実の投資家になった途端に閉鎖的な発想や優柔不断な判断に陥る人が多いのです。

会社の経営においても、優秀な人材が、管理職・あるいは、経営に参画した途端に従来の斬新な発想力や大胆な決断力がなくなるということはよくあるケースです。

人間の発想力と決断力というのは、その人の背負っている権利と責務によって、大きくかわることを社員の人事評価においては失念してはなりません。

今、リストラに関する本が、多く販売されています。

会社としては、過剰人員を整理して生き残りをかける、ということなのでしょう。一部の社員を犠牲にし、その他おおぜいの社員を助ける。というわけです。そういう意味では、リストラする会社側にとって、リストラは、「よいこと」なのかも知れません。

しかし、何十年も一生懸命、会社のために働いてきたのに、突然、解雇通告を受ける社員の立場を考えるとやり切れない気持ちでいっぱいになります。

当HPの経営分析でも紹介している「労働分配率」が、社員の人件費を考える有効な経営指標になります。リストラという最悪の事態になる前に、経営者は、適切に会社の舵を切らなければならない責務があるのではないでしょうか。そして、社員の生活と将来を犠牲にするリストラは、経営者としての「資質と能力の欠如」であることを忘れてはなりません。

建設業界の談合を題材にしたドラマや小説が多くあります。

談合とは、何か?もっとも単純にいえば、特定の業者が、仲間うちで公共工事などに代表される入札金額を事前に取り決め、受注することです。仲間うちで、順番に工事を請け負い、それなりの利益を確保する業界の「慣習」というわけです。

談合に参加している会社は、一定の仕事が定期的に受注できるので、この慣習は有意義であり、魅力的だといえます。しかし、その談合に加わることのできない会社には、当然、不満が生まれます。たとえば、受注金額を安く、しかも高い技術で仕上げることのできる会社なら談合は、公平な競争原理が働かない「許されない悪習」に違いありません。

また、消費者あるいは、納税者にとって「談合」は、どう評価すべきでしょうか。

本来、公平な競争原理が働けば、安くすむ工事も談合のために割高になってしまうことになります。

談合は参加企業の利益確保が目的ですから、100億円でできる公共工事が、談合によって、120億円で受注されることは当然ありえるわけです。そういう意味では、私たち納税者は、支出しなくてもよいムダな税金を「談合」によって、負担させられているといえます。

また、談合している会社にとっても、談合自体が、果たしてよいのかどうか、長期的には疑問があります。それというのも談合は「なれあい」ですから、会社の経営手腕やコスト管理・工事技術能力が磨かれないという弊害が生じるためです。

こうして考えると、長い間、日本の社会に深く根ざしてきた「談合」は、『会社』と『社会』そして『時代』から 取り残されつつある「古き慣習」になりつつあるといえるのではないでしょうか。

以前、国内最大手の監査法人が、公認会計士の早期希望退職を実施する方針を固めた、という新聞記事が話題になりました。外資系企業の日本撤退などで、売上が大きく落ち込んだのがおもな原因のようです。つまり、監査法人が、業績不振で、人員整理を実施するわけです。当事者たちは、難しい国家試験を高い学費を支払って、ようやく合格し、たどり着いた先が「解雇」では、やりきれないでしょう。しかも何年も時間をかけて勉強しているのですから、その合格までに要した費用と時間は大変なものだったに違いありません。

しかし、一方で、どんな難しい国家試験を合格したとしても仕事がなければ、意味がありません。

資格の勉強をしている人、特に学生は、難しい試験を合格することが、世間での評価の高さと高収入に直結するという幻想を持つようです。しかし、現実は違います。世の多くの人は、意外に資格試験に無関心だからです。公認会計士と税理士の違い。弁護士と司法書士の違いについて、おおまかにでも答えられる人はすくないはずです。もちろん、資格試験を勉強している人とっては、常識であっても、興味ない人たちにとっては、どうでもよいことです。そして、資格に無関心な人が世の大多数なのです。資格試験の専門学校は、資格試験の合格で、バラ色の人生が待っています、というようなイメージを宣伝していますが、現実は大きく異なります。試験を合格する能力とお客さんを獲得する能力ーつまり、事業を成り立たせる能力は全く別物だからです。

今回の公認会計士のリストラも「資格があっても仕事がなければ、失業する」というごく当たり前の現実にすぎません。これから何かの資格試験を勉強する人にとって、参考にすべき現実でしょう。

かつて、新聞で「製造業の採算ライン」が、急低下しているという記事が掲載されたことがありました。つまり、採算ラインとは、言い換えれば、会社の「損益分岐点」が下がっているということです。単純にいえば、利益を確保しやすい経営体質になっているということです。損益分岐点を下げる方法は、大きく2つあります。一つは売り上げを伸ばすこと。2つめは固定費であるコストを引き下げることです。一般的には、損益分岐点を下げると利益が出やすくなり、不況に対する抵抗力が強まる、といわれています。しかし、今回の記事によると、固定費が大きく削減されたことが、採算ライン改善に大きく寄与しているとのことでした。固定費を大きく占めるのは、社員の給料である人件費ですから、素直に喜べない側面がありそうです。すなわち、大胆なリストラや給与削減が背景にあることが推測されるからです。「会社残って、社員滅ぶ」か、「社員残って、会社滅ぶ」か。今回の記事から垣間見られるのは、日本の製造業に携わる経営者と社員が、国際競争のなかで、ますます厳しい立場に置かれていることの再認識です。

よい商品と採算性

モノをつくる技術者、職人さんの中には「よい商品」をつくれば必ず売れ、消費者の心をつかむはずだ、という信念をもっている人が多いようです。PCなどの周辺機器のメンテナンスをおこなうサービスマンもそういう傾向があります。よい上質のサービスを行えば、消費者・顧客は必ず増えるというわけです。たしかに消費者の立場になれば、「質の悪いモノよりも良いモノ」を買いたいですし、「質の悪いサービスより、良いサービス」を受けたいと思うのは自然です。いやむしろ消費者としては良いモノや良いサービスの提供というのは、当然なことであり、悪徳商法でもないかぎり、議論の俎上になること自体がナンセンスなのかもしれません。

会社は、利潤追求の目的集団ですから、常に採算性を考えた営業をしなければなりません。よい商品と良いサービスの追求が、消費者のこころを掴み、会社の利潤が増えればよいのですが、消費者が離れ、赤字になってしまったのでは意味がありません。消費者の心をつかむこと、消費者のニーズに応えることは、必ずしもよいモノや良いサービスだけとは限りません。それは、「消費者のこころ」心理的満足度に依るところが大きいからです。客観的にみて、あまり良いモノやサービスとは思われないものであっても大ヒット商品が生まれるのはこのあたりに鍵があるのではないでしょうか。

受注と売上の違いは、『「受注」が売上の予測』、なのに対して、『「売上」は売上の決定』ということになります。

会社というものは、利潤追求の目的集団です。日々、売上を追求、そして利益を確保しなければなりません。そういう意味では、厳しい世界です。そうであるから会社は、売上の予測をつねにしていく必要があります。「つまり受注=売上の予測です」。売上の予測を立てることで、利益の予測も計画できるわけです。売上の予測がつけば、資金確保の必要性、つまり、銀行からの借入金の計画もたてることができます。

一方で、受注は、あくまでも「売上の予測」ですから不確定要素が多いのも事実です。客先の都合で計画倒れ、担当営業マンの見込み違い、などです。

受注をいかに売上に結び付けるか、すべての会社の難問といえます。

累進課税について

わが国の所得税の税率は、累進課税率になっています。つまり、所得が大きくなれば税金も大きくなるという仕組みです。

私の中学時代、教員が私たち生徒に質問をしました。

「税金が足りないとき、どうすればよいと思うか?」

成績の良かった同級生がこの質問に答えました。

「所得の大きい人から多く税金をとればよい、と思います」

教員は満足そうに言いました。

「その通りだ」

当時、私は、この教員と同級生のやりとりを聞きながら、とんでもない考え方だ、と思いました。

所得の多い人が多くの税金を取られては「働く気」を失くすだろうと感じたからです。

累進課税率については、現在も賛否両論があります。しかし、消費税というだれしもが同じ税率を負担する税が登場したことで、国民の間に累進課税率に対する意識の変化が生まれているのではないでしょうか 私は、税率や税金がテレビや新聞等で話題になるたびに中学時代のこのやり取りを思い出して考え込みます。

23年間にわたりチュニジアを統治してきたベンアリ前大統領がサウジアラビアに亡命し、盤石とみられた政権があっけなく崩壊しました。アラブ諸国においては長期にわたる独裁国家が多くみられます。エジプトのムバラク大統領は約30年。リビアのガタフィー大佐約40年。イエメンのサレハ大統領は20年など。これらの国々にはそれぞれの複雑な事情があるので、安易にその是非を問うことはできません。

しかし、長期にわたる独裁になるとどうしてもトップ自身が主観的な発想から抜け出せなく傾向はあるようです。長らく組織のトップに立つことで、知らず知らずのうちに周囲は自分のお気に入り、あるいは、いわゆる取り巻き幹部ばかりで占められている場合も少なくありません。このような周囲の意見を鵜呑みにすれば当然、主観的な発想にますます拍車がかかるでしょう。

これは、国家という大きな組織に限ったことではなく、会社も同じことがいえるでしょう。圧倒的多数である中小企業は、同族会社であり、当然ながら長期間にわたり、同一人物がトップに君臨することになります。会社自体が順調に業績を伸ばしているうちは、全く問題はありません。オーナー社長のために決断のスピードも早く、組織のまとまりも良いのです。しかし、ひとたび歯車が狂い、業績が低迷してくると社内改革は容易ではありません。

オーナー社長が率いる会社の改革。日々の経営において、いかに社長自身に耳の痛い意見をいう人物を重用し、社長自身が自戒をもって、経営にあたるかがポイントということになるでしょう。

「解雇」提訴に思う

大企業を解雇された従業員が、解雇は不当だと訴えを起こす記事をときどき新聞で読みます。

何とも不思議な風景に思えます。世の多くの中小零細企業の社員は、解雇されたとき、その会社を訴えるでしょうか。訴訟自体が、実社会では、あまりに無力なことを分知っているからでしょう。中小零細企業の社員の解雇問題は、新聞記事にもならないし、政府が多額の資金援助をしてくれることもありません。まさに倒産すれば、それまで。会社の倒産は、生活の破たんであり、生きるために翌日から再就職先を必死に探すほかありません。つまり、会社を訴えたところでなにもならないことを誰しも知っているわけです。そもそも、中小零細企業の多くは労働組合もありません。

かつて、大手航空会社で解雇された元従業員のコメントが掲載されていました。

「会社は、コストだけでわれわれを見ていて、技術や経験に注目していない。安全を取るのか、利益を取るのかが問われている」

「経験の蓄積は安全を支える。多くの人は30年以上勤務し、事故も経験し、後輩に伝えてきた」

世の多くの会社は、安全と利益の両方を追求しているはずです。それができなかった会社が倒産するのではないでしょうか。 また、それができずに倒産させた責任が社員たちにも当然あるのではないでしょうか。

大企業に勤める従業員の提訴は、中小零細企業の従業員たちの働く意識のズレを感じる興味深い出来事です。

会社が急速に売り上げを拡大していれば、「勢いのある会社」あるいは、「元気な会社」というようなイメージを持つのではないでしょうか。実際、会社の業績を判断するのに売上高の伸びは、非常に重要なチェックポイントになるに違いありません。しかし、この急速な売上拡大をしている会社は要注意する必要があります。資金繰りが苦しく、資金確保のために原価割れでの売上をしていることも考えられるからです。倒産した企業が、その直近の決算において、創業以来、最高の売上高を計上しているというのは、そういう会社の事情があります。売上の拡大とともに十分な利益が確保されているのか、会社の業績を判断するうえで、「売上」と「利益」は、切り離せない視点です。